酒飲み親父の自分史 「昔ロックしてた俺へ」

酒飲み親父が昔の手帳を見て半生を振り返るブログ

MG新宿ロフト初出演 ~1986年12月その1~

f:id:sakenomi_oyaji:20200806054049g:plain

新型コロナのため家にいる時間が多くなった。
やることも無いので部屋の整理をしていると・・・

昔の手帳が出てきた。
1985年から2010年まで。

あの頃はスマホどころか、ガラケーも無い時代で、予定は手書きで手帳に書いていたのだ。
2010年以降はきっと携帯に予定を打ち込んだためにないのであろう。

さて、ちょっとだけ手帳のなかを覗いてみるか。

1986年の手帳にはスタジオ練習とライブの予定が書いてあった。
私は就職して2年目、それと同時に新宿でバンド活動をしていたのだ。
この頃はMGと言うバンドに参加していた。

1986年 10月19日 渋谷ラママ
     11月18日 渋谷ラママ
     12月26日 新宿ロフト MG/レジスタンス/GDF
渋谷ラママでライブを重ねている。そして初新宿ロフト。
ん?あああ思い出した。時を戻そう。

この頃MGは渋谷のラママを中心に活動していた。
月に1回位のペースで出演している。

手帳には、ライブを演った場所しか書いていなかった。
これだけでは、何があったのか記憶が定かではない。

ネットのロフトアーカイブスを見てみる。
対バンが分かると少しずつだが記憶が蘇って来た。

12月26日、MGとしては、新宿ロフトでの初ライブである。
対バンはレジスタンスとGDF。
当時、この3バンドは新宿ロフトの飲み友達だった。
良くパブタイムに来ていたのは、各バンドのボーカル達3人。
特にMGのボーカルWとGDFのボーカルJは仲が良かった。
当時バイト先も同じだった2人は、よく一緒に現れたものだ。

この中では、レジスタンスが新宿ロフトでの実績が1番あった。
次がGDFで、我々は9月に始動したばかりで、この中では1番実績が無かった。
多分出演順もこの順番であったのだろう。

ドラムはGDFのDちゃんのを使ったと思う。
MGからGDFに移籍したギターのHちゃんは、もうGDFの一員としてギターを弾いていた。

ROCK OF AGES 新宿ロフト40周年記念写真集 (LOFTBOOKS)

ROCK OF AGES 新宿ロフト40周年記念写真集 (LOFTBOOKS)

  • 発売日: 2016/11/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 知り合いなのでリハーサルから和気あいあいとしていた。
しかし、心の中では他のバンドがどんな音を出すのか興味深々である。
対バンの音が気になるのはどうしようもない。
集中する為に、他のバンドのリハを見ない様にしている人もいる位だ。

俺達はレジスタンスとGDFを観た事はあるが、彼らに観られるのは初めてだった。
逆リハなので、俺達がリハーサルの順番が最後だ。
逆リハとは、最後に出演するバンドからリハーサルをやって、最初に出演するバンドを最後にするやり方だ。
音響や照明さんは、セッティングがそのままなので、やり易いのだ。

観られていると、良いところを見せようとして力が入る。
頑張り過ぎて、リハーサルだけで疲れてしまった。

ライブは、レジスタンスとGDFのおかげでお客の動員はあった。
大阪者中心の新参バンドMGに動員力はまだ無かった。

リハーサルが終わり、楽屋で出番を待つ。
楽屋には過去の出演者のサインが所狭しと書いてある。
壁はもちろん、天井やテーブルやその裏までである。
もちろんBOOWYやアースシェイカーなどのサインもある。
俺も小さな隙間を見つけて日付とサインを書いた。

新宿ロフトの楽屋はステージ上手にあり、ドアを開ければステージが見える。
俺はこの景色が大好きだ。

SE(出囃子)がかかる。
ドラム椅子に座る。
バイクの爆音の合図で俺はカウントをとった。

40分位の出番だった。
本番は、リハで疲れたせいもあり、力が抜けてまずまずの演奏が出来た。
逆リハで、ドラムのセッティングがリハのままだったのも良かった。
何よりホームグラウンドのロフトはやり易かった。
裏口から外に出て、ビールで一息ついた。

レジスタンス、GDFと演奏が終わり、その後ロフトで打ち上げとなった。

俺達は、打ち上げだけは慣れていた。
メンバー4人とも飲むからだ。
初めは各バンドそれぞれの丸テーブルで飲んでいたが、すぐに席を入り乱れての乱戦となった。
今日の客は打ち上げ目当てが多いので、パブタイムまで満員だ。
噂を聞きつけたハートビーツのシャイも加わり大宴会となった。

この日も閉店まで飲んだ事は言うまでもない。


ーつづくー